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60年安保はファッションだった

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60年安保の騒ぎの時は、大学生だった。
私は一人で安保賛成を主張していた。
クラスメイトは、中国や北朝鮮が地上の楽園と信じていたからデモに参加した。
大学の図書館には、北朝鮮を美化する雑誌が置いてあった。
 私は、大学の近くにあったアメリカ文化センターに通って、スターリンや毛沢東が反対派を殺しまくっていた事実を突き止めた。
当時のデモ学生は角棒という武器を持っていたが、私の家は材木屋で、角棒1本がいくらかを知っていた。
学生が買えるような代物ではない。
後日、当時の全学連委員長であった西部邁が述懐していたが、金がソ連からくるので余って仕方がない。
学生の分際で夜ごと豪遊していた、と。
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■「加瀬英明のコラム」メールマガジン

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 ロシア2月革命100周年 なぜ日本に左翼理論が根付かないのか


今年は、ロシア革命をもたらした2月革命の百周年に当たる。

 先週、出版社の編集者がわが家をたずねてくれて、ロシア革命が話題になったところ、「青年時代に左翼に気触れることがなかったのは、渡部昇一先生、小室直樹先生、宮崎正弘さんと」私の4人だといわれた。

 私は高校時代に、アンドレ・ジッドの『ソ連紀行』、アーサー・ケストラーの『真昼の暗黒』や、ジョージ・オーウェルの『1984年』とか、『動物農園』を読んでいたから、共産主義がおぞましいものだと知っていた。左翼の人々は知的に怠慢で、無知だと思って、軽蔑した。

 60年安保騒動とハロウィン

 私は60年安保騒動のあいだ取材のために、毎日、国会周辺に通った。そのために、いまでも『全学連の歌』『インターナショナル』から、『ワルシャワ労働歌』『決起せよ、祖国の労働者』まで、国会議事堂を囲んで渦巻いていたデモ隊がうたっていた歌を、うたうことができる。そのかたわら、女友達にグループをつくってもらって、機動隊員を激励するために、駄菓子や飴を差し入れた。

 国会を取り巻いていた、時には10万人を超えたデモ隊は、改定された日米安保新条約が発効すると、潮が引いたように姿を消した。

 まるで嘘のようだった。もし新条約に真剣に反対していたのであれば、その後も目的を達するまで国会を包囲して、デモを続けているべきだった。

 湖に入り溺れ死んだ

 1970年に安保条約を改定することができる、10年目が巡ってきたために、「70年危機」が取沙汰されたが、学生たちが新宿駅を占拠して騒いだほかに、不発に終わった。

 私はこの年に「60年安保騒動」を回想して、月刊『文芸春秋』に寄稿したが、「悪霊どもはその人から出て、豚に入った。豚の群れはいきなり崖を駆け下って、湖に入り溺れ死んだ」という、『新約聖書』の一節を引用した。

 私は60年安保の体験から、日本における左翼運動は風俗にしかすぎないと、確信するようになった。お祭のような一過性のデモは、日本の国民性に適っているが、思想がイデオロギーとして根付くことがない。

 昨年、安保法案が国会で審議されていたあいだも、同じことだった。法案が通過してしまうと、国会のまわりはハロウィンのたびに、渋谷や六本木で狂態を演じる群衆が一夜明けると、誰もいなくなってしまうように、閑散とするようになった。

 国会は国の命運を握っていることを忘れてはならない

 今日で国会において森友学園問題が始まってから47日目になるが、連日、国会がこの問題にかかりきっている。

 3月に北朝鮮が4発のミサイルを発射して、3発が秋田県の沖合に落ちた。北朝鮮は「在日米軍基地を攻撃することを想定した演習だった」と、声明した。

 そのかたわら、トランプ政権が北朝鮮に軍事攻撃を加えることも、選択肢として検討していると、言明している。もし朝鮮半島で戦争が始まったら、日本が北のミサイル攻撃を蒙る可能性が高い。韓国の原子力発電所が破壊されれば、放射能が偏西風に乗って日本列島を覆うことになる。

 国会は日本が大きな危機に曝されているというのに、森友学園に没頭している。朝鮮半島の切迫した脅威が論じられない。

 日本では政治とマスコミが、全国民が一時的に熱中する興奮の堝(るつぼ)を、つくりだす。

 昭和、平成の『ぬけまいり』

これは、江戸時代のお蔭参りや流行神(はやりがみ)現象と、よく似ている。辞書でお蔭参りをひくと、こう説明されている。

「『ぬけまいり』ともいう。江戸時代特定の年に起こった爆発的な庶民の伊勢神宮参詣現象。子は親に、妻は夫に、奉公人は主人に断りなく飛び出し、道中歌い踊り歩き、衣装に趣向を凝らすなど日常の規範を越えて自由に参詣した。大規模なものは1650年(慶安3)、1705年(宝永2)、1771年(明和8)、1830年(天保1)の4度で、毎回2、300万人にのぼったが、なぜそれらの年に起こったかは明らかでない。宗教的熱狂の中に民衆の封建的支配に対する不満を発散させるという役割を果たした」(『角川日本史辞典』)

 群衆が奔流のようになって伊勢へ向かったが、道中、道筋の家々に歌い踊りながら土足であがり込んで、酒食を強要するなど狼藉を働いた。お蔭参りには、庶民だけが参加した。
2、300万人といえば、明治5年(1972)にはじめて国勢調査が行われた時に、日本の人口は3400万人だったから、たいへんな数だ。封建支配に対する不満が爆発したと説明されているが、それよりも日本人は今日でも、どのような仕事場にいても、周囲を窺いながら自己を抑えて生きているから、安保騒動や森友学園騒動のようなイベントは、憂さを晴らす格好な場となる。

 江戸時代には流行神といったが、ある時、ある神社、仏寺、祠に詣でると、御利益がえられるという噂がひろまると、2、3ヶ月、そこに参詣客が殺到する。ところが、ある時、ひと足がぱったりと絶えてしまう。

 日本人は古代から「言上げしない」といって、言葉に対して深い不信感をいだいてきた。六世紀に、仏教と儒教が日本に入ってきた。仏教も儒教も言葉と論理によって、構成されている。ところが、論理はいまだに私たちの心から、遠いところにある。

 言葉は自己主張と弁解に用いられる

 言葉は主として、自己主張と弁解に用いられる。だから、私たちは冗舌を嫌う。論理は詐術のように、自分の利益のために都合のよい正義をつくりだす。

 言葉によって組み立てられた論理は、正しいか、誤まっているかという二元論のうえに成り立っている。キリスト教や、イスラム教は他宗派を認めず、覇権を求めて、血を血で洗う宗教戦争を繰り返してきた。

 キリスト教の『新約聖書』が、「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神だった」(ヨハネの福音書)と述べているが、幸をもたらす言葉だけを重んじる言(こと)霊(だま)と、まったく違うものだ。

 雪隠詰めの理屈

 そういえば、夏目漱石が親友の正岡子規と口論した後に手紙を送って、「理屈詰め雪隠(せっちん)詰めの悟り論だ」と、認めている。私たちは「それは理屈だよ」といって斥けるが、英語や、ヨーロッパ諸語ではいえない。「理屈」を和英辞書でひくと、「リーゾン」「ロジック」とでてくる。

 私たちは先天的に長口舌や、理論に警戒心を向けてきた。だから、イデオロギーが日本に根づくことがない。

 私たちは正義か、正義に背くかによって分けることをせずに、何が美しいか、美しくないかということを、尺度としてきた。そして言葉によらず、心を用いて良いとこ取りをして、生きてきた。

 私たちの精神の源流は大陸ではなく、太平洋に散らばる島々にある。不毛な論理を戦わせる大陸とは、異質な文化を培ってきた。

 八百万の精霊信仰

 潮風が吹く島々では、キリスト教や、イスラム教が伝来する以前の精霊信仰が、いまだに力を持っており、人々が何が正しいかということによらず、美しい美しくないという感性によって、善し悪しをはかる。私はフィリピン、インドネシアや、南太平洋の島々を訪れるたびに、故郷に帰ってきたような懐かしさを覚える。

 大陸や、朝鮮語にはない、「スンディリスンディリ」(「各々」、タガログ語)「キラキラ」(「だいたい」、同)とか、「バハイバハイ」(「家々」、インドネシア語)、「アラウアラウ」(「日々」、同)といった、日本語と同じ畳語が多い。

 論理は、至上主義を生む。いまだにキリスト教至上主義、イスラム教至上主義や、共産主義が至上であるとか、習近平主席が至上で「核心」だとする、排他的な至上主義が罷り通っているのは、情けない。

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